東京高等裁判所 昭和33年(う)1031号 判決
被告人 大島次郎
〔抄 録〕
道路交通取締法第八条第一項において、車馬の操縦者は、道路、交通及び積載の状況に応じ公衆に危害を及ぼさないような速度と方法で、操縦しなければならない、と定めたのは、操縦者に対し、操縦上遵守すべき事項の一般原則を示したものに外ならないのであるから、操縦者に対し、操縦上遵守すべき事項として特段の定ある場合には、操縦者は、もちろん、その定める所に従つて操縦しなければならないものといわなくてはならない。原判決は、被告人は昭和三一年三月二三日午前八時頃、東京都板橋区板橋町三丁目三四六番地附近交通ひんぱんな交さ点内道路において、小型乗用自動車を運転し右交さ点に入る際、その交通状況を確認することなく進行したため、平沢徳が運転する普通乗用自動車に衝突したとし、これをもつて道路及び交通の状況に応じ公衆に危害を及ぼさないような速度と方法で右自動車を操縦しなかつたものであるというのである。しかし、原判決が挙示した証拠によれば、所論のごとく、判示場所は狭い道路と広い道路との交さ点であつて、被告人の操縦する自動車は狭い道路から広い道路に入り、この広い道路を右折しようとしたのであるが、この広い道路に入ろうとしたときに、この道路の右方六〇米位先から相当の速度で被告人の方に向つて直進してくる判示平沢徳の車を認めたことが明らかである。道路交通取締法第一八条第一項によれば、車馬は狭い道路から広い道路に入ろうとするときは、必ず、一時停車するか又は徐行して、広い道路に在る車馬に進路を譲らなければならない、というのであり、ここに「進路を譲る」というのは、広い道路に在る車馬を優先的に安全に進行通過させる意であるし「一時停車」又は「徐行」はその目的に副うようなものでなければならないことはもちろんであつて、唯形式的に一時停車又に徐行しても、広い道路に在る車馬を優先的に安全に進行通過させない結果を生ぜしめるならば、右規定の要請に背くものといわなくてはならないのである。被告人は広い道路に入ろうとしたときに、所論のごとくたとえ一時停車したとしても、広い道路の右方六〇米先から相当の速度(原審において証人平沢徳はそれは時速四〇キロ位だといつている)で被告人の方に直進してくる車を認めたのであるから、被告人としては、まず、この車を優先的に安全に進行通過させることを考え、一時停車したまま、自己の車を広い道路に入れず、よしんば入れるとしても、歩道の範囲位にとどめておくべきであつたのであるが、被告人は事茲に出でず、それから漫然進行して歩道の範囲を超えて車道(当時この道路には高速車道、低速車道等を区劃する線は引いてなかつた)に入り、歩道の縁石線からの距離よりも、道路の中央線の方へ近い距離にある位置にまで進行したため、右方から中央線寄りの進路をとつて判示平沢徳が運転してきた車(原審における証人平沢徳及び同吉田貞光の供述によれば、この車の右側車輪と中央線との距離は約一尺であつた)の左側前フエンダーに被告人の車のバンバーを接触させ、以て該フエンダーの下部に約一米位にわたる損傷を与えたのであつた。このような始末になつた所以のものは、一に被告人が狭い道路から広い道路に入ろうとするに際し、適当に一時停車するか又は徐行して、広い道路に在つた判示平沢徳の車に進路を譲らなければならなかつたのに、これをしなかつたがために外ならないのである。所論は、被告人の車の方が先きに判示交さ点に入つたのであるから、道路交通取締法第一七条第一項により、判示平沢徳の車の方が被告人の車に進路を譲らなければならなかつたと主張するけれど、このような主張は同法第一八条第一項の規定に眼を掩うものであつて、とうてい採用することはできないし、また、被告人の車は中央線との間に判示平沢徳の車が安全に通過することができるだけの間隔をおいて二度目の停車をしたと主張するけれども、たとえ所論のごとくそのような二度目の停車をしたことが真実であつたとしても、その停車は車道上の停車であり、しかも、判示平沢徳の車の進路内乃至は進路に跨る位置における停車と認めるの外なきものであるから、かかる停車措置は、判示平沢徳の車の進行の妨害にこそなれ、決してその進路を譲つたことにはならないものというべきである。また、判示平沢徳の車が、ほんの僅か、あと二、三寸中央線の方へ寄つて進行しさえすれば、本件のごとき事故は起らずにすんだというような所論は、自己の非を他に転嫁しようとする主張というの外なく、これ亦、とうてい採用し得べくもない。以上説述するごとく、被告人は道路交通取締法第一八条第一項の規定の違反となる行為をした者として処断すべきであるにかかわらず、原判決はこれを同法第八条第一項の規定に違反した者として事実を認定したのであるから、この認定は誤であつたといわなくてはならず、しかも、この誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるので、原判決はこの点において破棄を免れない。
(中野 尾後貫 堀真)